2008年10月25日

英検1級 2回目の挑戦

10月19日(日)に、何度か弱音をはいていた英検1級を受けてきました。。

その翌日の20日(月)にオンラインで回答速報が出たので早速自己採点をしましたが、ひどいです。なんだこの点数。

勉強、けっこう怠けたけれど、かといって全く何もしていなかったわけでもありません。それが、この有様で、ショックでした。

長文問題は時間をかけただけあって、そこそこの正答率。リスニングは決して悪くはないけど、満点を目指していた身としては良いとも言えませんでした。それでも、ここまでは合わせて80%取れていました。

しかし、問題は単語。まったくわからず、お手上げでした。完全に単語が足をひっぱっています。ひどかったです。

作文は自分では採点できないので英検全体の予想得点を出すことはできませんが、英作文がよかったとしても、残念ながら合格の見込みはゼロです。

今回の勉強途中で知らないことがまだまだたくさんあるということに気付きました。無知の知ってこういうことを言うんでしょうか?また、2度目を受けてやっと1級の難しさを痛感しました。とにかく語彙マニアになるくらいじゃないとだめですね。 ほぼ勘でした。

そして、英検のあとに友人と話していて気づいたことがあります。私がよく見ているフレンズだけじゃ1級英語には対応できない・・。

フレンズは時々変わった単語を使うけど、基本的には日常会話。アメリカ英語には強くなるけれど、難しい語彙補強の期待はできません。語彙を増やすには違うジャンルのDVDで勉強する必要があるようです。

まだ、DVDを使って勉強する気なのかとつっこみがありそうだけど、映像と一緒に覚えられるし、楽しくないと続けられませんからね。

さて、次回の挑戦ですが、来年の1月ろには仕事が激多忙になっている予定なので、おそらく受けません。今回は時間をかけてじっくり勉強して、来年6月にTOEICと同時期に受けようかと思います。

私の挑戦は続きます。あきらめたらそこで終わりですから・・。
posted by エリ at 20:16| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 英検の勉強 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月19日

夕張日帰りツアー

昨日、母と二人で夕張日帰りツアーに参加してきました。
ツアー名は「夕張廃線紀行」とかなんとか。

夕張市 by Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%95%E5%BC%B5%E5%B8%82

まず夕張滝の上公園!紅葉がとてもきれいなところでした。吊り橋が二つあって、渡るのも面白いです。

続いて、幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば☆
ここは、言わずと知れた映画「幸福の黄色いハンカチ」のラストシーンに登場する場所です。黄色いハンカチが今でも吊るされています。

このすぐ横の長屋は「幸福を希うやかた」と書かれていて、展示室になっています。映画で使われたものと同じ車種の車や、映画再現塩ジオラマ、台本やポスター等々展示されています。

それから、黄色い紙にメッセージを書き込んで紙に貼ってこれるようにもなっています。壁や天井、画鋲がささるところにならところかまわず、びっしりと黄色い紙が貼られていました。私たちもそれぞれメッセージを書いて、貼ってきました♪

昼食後には、いよいよ夕張の廃線紀行のメインツアーが待っていました。これが、とても切ないツアーだったのです。

夕張リゾートの営業さんが2時間ガイドを務め、バスで夕張市を回りながら説明してくれました。この営業さんは中学校まで夕張で育ったとのこと。当時のことを振り返りながら、話してくれました。

「こちら、今は何もない原っぱですが、昔はびっしり家が並んでいました」
「ここは小学校ですが、あと2年で廃校になります」
「ここの中学校は、廃校になりました」
「ここも、今は何もありませんが、家が立ち並んでいました」
「僕が小さい頃は、ここの商店街には人が大勢いて賑わっていました」
「ここのテニスコートはとても広いいいコートですが、お金がないので誰も管理する人がいません」

こんなのばっかりです。何やら、建物が建てられていた土台らしきものがあると思ったら「ここにはロボット博物館がありましたが、最近取り壊されました」。小学校、中学校もそれぞれ一つずつに統合されるそうです。営業さんの声のトーンは淡々としたものでした。

夕張市石炭博物館にも行ってきました。今は入場できないことになっているのだけど、昨日だけ特別にオープンしてくれたのだとか。さらに、普段は車両立ち入り禁止になっているところへもバスが突入し、一番奥にあるSL館の中も見てきました。

ここにはかつて遊園地があり、営業さんが学生の頃は近くに他の遊園地がなかったため、遠くからここまで遊びに来る人が多くいたらしいです。今では閉鎖され、遊具はアジアへ売られたそう。さらに、老朽化が激しくて買い手すらつかなかった遊具は、解体業者に買い取られていったのだとか。

SL館は建物自体がSLになっているかわいらしいところでした。中には、SLの箱庭のようなものがありました。SLの車両も残されていて、中に入って見学できます。昔のSLが動いている映像も流れていました。SLファンにはたまらない博物館だと思います。しかし、この建物も老朽化がひどく、SL も傾いてきているそう。維持するのが大変のため、閉館になるかもしれない。そうなったら、中を見られるのは昨日が最後になるだろう、と言っていました。

話を聞くにつれて、すごく切なくなりました。しかし、まだ甘かったのです。
夕張では今すごく大きなダムを建設中です。できたら北海道一、日本規模でも大きなダムができあがるそうです。そうなると、夕張の多くの土地がダムに沈んでしまうのです。バスを走らせていると営業さんが言いました。

「ここからダムに沈みます。今私たちがいるところは湖底になります」

なんて切ないことでしょうか。町の一部がダムの底に沈むなんて、ドラマや漫画の世界だけのことのように思っていましたが、こんな身近なところで起こりうることなんですね。夕張は12万人いた人口が今では1万人になっているそうです。どこもかしこも、管理するのが大変で閉鎖されていっています。運営されているところは非営利団体が管理していたり、ボランティアの力だったり。

昔の航空写真も見ました。現在の写真と比べると一目瞭然。ほんの10数年前まで家がびっしりあったところが、今では原野のようになっていて人が住んでいた形跡がなくなっています。

それでも、夕張リゾートの営業さんは「なんとか夕張を盛り上げようと頑張っています」と明るい声で話していました。昨日行ったいくつかの施設の人は休日返上で夕張のあれこれを説明してくれました。みんな、夕張の現状を知ってもらおうと一生懸命さを感じました。

夕張に残っている人はみんな頑張っていました。市外のお蕎麦屋さんが夕張のそばを使って販売するという方法で夕張を応援しているという話も聞きました。

「夕張夫妻」というキャラクターができました。負債と夫妻をかけている自虐的なキャラクター名です。座右の銘は「金はないけど愛がある」、夕張は離婚件数が日本一少ない市なんですって。

私が参加した理由は母が行きたがっていたからというのが大きいのだけど、財政破たんした町というのはどういうものなのか、不謹慎ながら興味があったからでした。破たん前に一度行ったことがあるから比較もできました。百聞は一見にしかず。

同じ北海道民として応援したいと思いました。最後に夕張の5つのダイヤを紹介いたします。

春:ピンクのダイヤ→桜
夏:緑のダイヤ→夕張メロン
秋:赤いダイヤ→紅葉
冬:白いダイヤ→雪(スキー場)
歴史:黒いダイヤ→石炭

おまけ:夕張夫妻 公式ホームページ↓
http://yubarifusai.jp/about.html

夕張夫妻「愛の始発駅」PV by YouTube(音が出ます)
http://jp.youtube.com/watch?v=E-_ETYBCppw
posted by エリ at 23:00| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道観光 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月15日

外国人と一緒に仕事をすること

新しい会社の社長はオーストラリア人です。

社長とは言っても新設の小さな会社でスタッフが少ないので、一緒に働いています。社長自身も「偉ぶったりすることは嫌いだから、自分のことはただのチームリーダーみたいに思ってくれればいいよ。仕事は一緒にしていこう」と言ってくれているくらいです。

さて、一緒に働いているので、イロイロと仕事に関する質問をしたり、世間話をしたりします。事務所においてある備品や設備の話をしたりします。時には総務・経理的な話をすることもあります。

もちろん全部英語で会話します。

働き始めて最初の数日はカナダで働いていた時のことを思い出して懐かしんだりしていました。それが少しずつですが懐かしさが薄れてきて、別の何かが胸をざわつかせています。なんだろう。

わかってきました。言葉が通じないもどかしさです。自分はこんなにも英語が話せなかったっけ!?と失望するくらい、言いたいことがうまく言葉になりません。

さらには仕事に関する話をしている日本人スタッフとの仲介をするわけですが、普段あまりしたことのない業務的な話を瞬時に的確な英語に直して話すことは非常に難しいです。私はあくまで仲介者であって、聞き手と話しては別にいます。この2人が続きを話すために、私のことを待っていると思うと、余計に焦ってますますうまい言葉が出てきません。訳す私のことなんて考えずに会話が進むので、すごく長い話を覚えておいて、それを英語に直して・・・、または英語で話されたことを覚えておいて、それを日本語に直して・・としなくてはいけません。

英語は勉強してきましたが、通訳に関しては数年前に初歩的なレッスンをわずかに受けたことがある程度です。まず、話の内容を覚えておくだけでもいっぱいいっぱいになっています。それをさらに訳して話してとなると・・。

あせればあせるほど、頭の中の英文法は吹き飛んで、口から出てくる英語はへんてこりんなものです。

十分に伝えられているのか。言葉足らずになっているのではないか。心配になる毎日です。

明日は今日より、ちゃんとした英語が話せるように。きちんと会話を仲介できるように。目をそらさずに自分の英語と向き合っていかないといけない日が来たようです。
posted by エリ at 22:39| 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記(2度目の渡航を終えて・・) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月13日

なんちゃって社内通訳者

新しい職場で働き始めて10日あまりが経ちました。

私の仕事内容は"コレ"と決まったものは特になく、いろいろなことを頼まれます。そのイロイロの中に外国人社長と日本人スタッフとの意思疎通のお手伝いがあります。

まだ出来たてホヤホヤの新しい会社のためスタッフは数名。社長はオーストラリア人で日本語も多少は話せますが、難しい話はできません。方や日本人スタッフの一人は英語が全くわかりません。この2人がお互いの日本語でコミュニケイトが難しい時に、間に入って会話のお手伝いをすることも私の仕事のひとつです。ちょっとした社内通訳とでもいうのでしょうか。堅苦しい雰囲気は一切ないので、そんなたいそうなことをしている自覚はありませんが。

さて、言葉が通じない2者がうまく意思疎通を図れるようにすること、自分の伝えたいことを相手に伝えてあげるということの難しさを少しずつ感じています。

当たり前だけど相手に説明するためには、話してが何を伝えようとしているかを理解しなくてはいけません。理解した上で、聞き手に英語なり日本語なりに訳して伝えます。

自分で予想していなかったことだったのですが、日本人スタッフが話している内容を理解することも大変だということがわかりました。

日本語ってハッキリ言わないことがあります。いくつかの情報だけを話すだけで、真意をわかってもらおうとするというのでしょうか。日本人同士の会話ならば「A、B、Cを言っているけど、その裏にはDを伝えようとしているんだ」と悟ることができたりします。英語に訳して伝えるときに、このA、B、Cを話すだけでは言葉足らずで、外国人には理解できなかったり、誤解を招く場合もあり得ます。Dまで伝えるにしても、私自身がDの解釈を間違っていて大変です。

人によっては話し方に特徴があります。結論はどれなのか。いろいろと話している中で、一番に伝えたいことは何なのか。その人の話し方をかぎ取って、まとめたうえで、聞き手に伝えなくてはいけません。

言語を置き換えてわからない人に伝えることは、単純に言っていることを訳すだけではないんだな、と実感し始めているこの頃です。
posted by エリ at 01:16| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(2度目の渡航を終えて・・) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月07日

"私がクマにキレた理由"がくれたもの

賛成・反対が行き交う中、会社を辞めて、新しい会社で働き始めました。

前の会社の上司・先輩はとても私を買ってくれ、かわいがってくれていました。彼らのもとを去ることを決めたことは今でも大きくのしかかっています。

そんな彼らに会う時にはだらしない姿で会うことができない。結果はわからないけど、自分が選んだことを精一杯やって、「これでよかったのだ」という姿を見せないわけにはいきません。

両親にも反対されていました。今は黙認してくれているようだけど、説得する際に自分が言った言葉の責任もとらなくてはいけない。

自分にプレッシャーを与えながら、これでよかったのかな、と自問自答する日々。そんな中見た映画がこれ、「私がクマにキレた理由」。

自分が選んだ道でいいんだ。それで自分らしく居られるならばいいんだ。そう思わせてくれる、勇気をもらえた映画でした^^ 明日からまた頑張ろうっ!と思います。

映画の感想は姉妹サイトに書いていますので、よかったら読んでください↓↓
The Nanny Diaries「私がクマにキレた理由」
http://eigakouhukuron.seesaa.net/article/107755426.html

公式ウェブサイト
http://kuma-kire.com/
posted by エリ at 23:30| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・ビデオ・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月02日

2009年カナダ/日本ワーキングホリデープログラム募集開始!

今年もこの季節がやってきました。
カナダ/日本ワーキングホリデープログラムの2009年の募集が開始されました。

2009年の募集定員は10000人です!昨年は定員5000人からスタートしあっという間に締切となり、その後増員したという経緯がありましたね。それで、ついに募集定員が倍の10000人になったようですね。

カナダ人気の高まりを感じてとてもうれしく思います。そして、今まで定員で行けずに居た方たちにもチャンスが大いに増えることになりますね。自分自身がワーホリで渡航し良い経験をさせてもらったので、同じようにワーホリで渡航を希望している方のことはとても応援したくなります。

直前に大手留学エージェントの倒産というショッキングな出来事がありました。これで、業界全体に悪影響が出てしまうのはとても悲しく怖いことです。このために希望している方の夢が壊されることないように願うばかりです。

2009年カナダ/日本ワーキングホリデープログラム募集要項は下記URLからご参照ください。参加費用がかかります。書類送付先も今までと異なるようなので、しっかりと目を通してくださいね。
カナダ大使館→http://www.canadanet.or.jp/p_c/wh_geninfo.shtml

私のおすすめのカナダ専門・留学エージェントです。ワーホリサポートもしてくれますし、有給インターン付語学学校の紹介もあります。私はこちらのエージェントにはお金を払って何かをお願いすることはなく手数料等も一切払っていないにもかかわらず、メルマガ読者としてメールで質問するととても思いやりのある返答をいただきました。思いやりのあるというは、良いことも悪いことも厳しいことも包み隠さず答えてくれたのです。

まずは一つの参考として、ウェブサイトをご覧ください。
GETT→http://www.gett.co.jp/
GETTのワーホリパッケージ→http://www.gett.co.jp/SEC_WHPackage09.pdf
「大手留学エージェントの倒産について」(GETTウェブサイトより)
http://www.gett.co.jp/contents/acm.php?d=234
posted by エリ at 22:09| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | カナダへの道(準備) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月29日

札幌で英語を使う仕事を求めて その4

新しい仕事は10月1日から始まります。

会社には9月いっぱい働かせて下さい。とは言ったものの、さすがに前日まで働いているのはしんどいからちょっとだけ有休を使い、9月26日(金)が最終日となりました。

最後は自分のペースで引き継ぎをすませ、ゆっくり過ごそうと思っていました。が、直前に新人さんが入り私の席がなくなりました。そしてこの新人さんの指導係りに任命されることになり、それも直前に知らされたため、とてもあわただしい最後の1週間を送ることになりました。全然落ち着かなかったから、仕事納めという気分を味わうことなく最終就業終了となったのでした。

最終日の夜には部署の人たちがにぎやかに送別会を開いてくれました。もう一人最近辞めた人が居たから、2人を見送る会になりました。

花束と記念品をいただき、2次会カラオケ、3次会は3人で飲み直し&語りの会となり、楽しい夜を過ごさせていただきました。ありがとうございます。

振り返れば、同僚さんたちはほとんどが素敵な人たちでした。仕事もしっかりする人が多いし、私の好きな熱血タイプの人もいました。みんな熱い思いを秘めている、そういう人たちに囲まれて働くのは良いものでした。

振り返れば、同僚さんたちはほとんどが温かい人たちでした。優しい人たちでした。

この短い間でも濃い時間を過ごしていたのだと思います。温かい送別会を開いてもらえたことだし、いつの間にかあの中に私の居場所もできていたのだと思うとそこを離れるのは非常にさびしく感じます。

振り返れば、英語が全く使えないわけじゃないし、多少つらいことがあってもそれをカバーし得る素敵な先輩たちが居たなかなかない職場だったのに、どうして私は転職することにしちゃったんだろうと思ってしまう瞬間があります。

けど、私が辞めると決めたからこそ知った先輩たちの私への思いもあったわけで、辞めたからこそ感じている気持ちなのだと思います。

さんざん迷って決めたことだから、これ以上迷うわけにはいきません。次に進むだけですね。

職場の人たちの輪から去ることをさびしいと思っていた私にある一人はこんなことを言いました。
「オレは全然さびしくないよ。だってまた会えるんだから。」と。
「辞めたらそれっきりになる人だったらさびしいけど、おまえはそうじゃないから全然さびしくないよ。」って。

とても心に響く言葉でした。たった10か月足らずでこう言ってもらえる人間関係を築けたことはうれしいですし、自分の自信・力になります。


上司の一人には「いつでも戻って来ていいんだからな」と言われましたが、別の上司には反対のことを言われました。
「戻って来たときは迎え入れるけれど、できれば戻って来ないでね。勉強してきた英語を生かせるところでがんばっていてくれている方がいい。」って。こう言ってもらえたらがんばるしかないですよね。

あと1日休んだら、新しい仕事が待っています。実際に働いてみないとわからないから、仕事内容について具体的なことは言いません。

これから少しずつ、ここでお話していけたらいいと思っています。
職場の人たちからの温かい気持ち、熱い気持ちを背に受けて、よりいっそう英語の勉強に励む責任を感じています。

そのことを忘れないようにここに綴ってきました。
自分で選んだ道。悔いのないように、笑顔でいられるように、精一杯やりたいと思います。
posted by エリ at 22:00| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(2度目の渡航を終えて・・) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月25日

札幌で英語を使う仕事を求めて その3

短い間にいろいろと密度の濃い時間を与えてくれたホテルの職場でしたがこの9月いっぱいで退職し、10月1日から新しい職場で働くことになりました。

ホテルの職場は英語を使えることはありがたかったのですが、それ以外のストレスと忙しさに辛いことも多かったのも事実です。そしていやらしい話ですが、毎日の残業の割には給料が低いです。

それでも最低2年間を目安に続ける気持ちで頑張っていたため辞める気はなかったのですが、私にとって魅力的な仕事の紹介を受けてしまったのです。その紹介された仕事は"英語&接客"という私のキーワードを思い出させることになったのです。

ホテルの職場は洞爺湖サミットのおかげで絆が深まった先輩スタッフもいます。良い人間関係が築けてきていました。まだまだ1人前には程遠く大変でも学ぶことはあることだし、なにより入って1年足らずでまた転職することになることに、とても悩みました。本当に悩みました。さまざまな人たちに相談しました。

悩んだ私が転職を決意する決め手になったことは"英語"でした。今まで英語に費やしたお金と時間を思いました。今まで学んできた英語をより生かすことができるのはどこか、考えたときに転職する道を選ぶことに決めたのです。

新しい職場の上司になる人はオーストラリア人です。日常会話レベルの日本語を話しますが、私との会話は英語になるでしょう。毎日英語を話す環境になることは大きな魅力です。そして、日本人スタッフとの意思疎通の仲介役をすることになることも魅力的な業務内容の一つです。

さらに些細なつまらない理由を付け加えるならば・・・。話をきっ気に入った際に、「もしも転職を決めてくれるなら10月1日から働いてほしい」と言われました。10月1日は私の誕生日なんです。新しい歳を迎える日に、新しい職に就くことになるのも何かの縁かなと思いました、苦笑。

さて、転職を決めたのならば、お世話になっているホテルの職場にかける迷惑を少しでも減らしにはできるだけ早く伝えた方が良いだろうと思い、2か月ほど前に退職する意思を伝えました。

退職する理由に「新しい仕事先が決まっている」なんて話していいものかとまた悩みました。考えた上で職場の苦情は一切話さずに、紹介された仕事がいかに自分にとっても魅力的か、今まで勉強してきた英語をより生かすことができることは自分にとって大きなことなんだ、ということを伝えました。それがよかったみたいで、渋々ながらもあっさりと退職を認めてもらえたうえに「英語での仕事を応援したいからな」とまで言ってもらえました。

奇しくも私が退職の意思を伝えた後の同じ日に、先輩スタッフが私に大きな役割を与えたいと上司に伝えていたことを後で知らされました。英語以外の仕事ぶりを認めていただいてのことでした。自分では、この仕事は向いていないと思い続けており、いかに成長できていないかを感じていたため、影で評価してもらえていたことはとてもうれしいことでした。うれしいしありがたいことだったから、また転職について悩まされるになりましたが。。

ただ、この大きな仕事は英語とはまったく関係のない仕事だったのです。さらに迷うことになりましたが、やはり"英語"のことを考えると引き受けることはできませんでした。

そうして、"英語を使う仕事を求めて"、転職を決めたのでした。

つづく。
posted by エリ at 22:00| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(2度目の渡航を終えて・・) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月24日

札幌で英語を使う仕事を求めて その2(洞爺湖サミット)

洞爺湖サミットの時期、洞爺周辺のホテルはもちろん札幌市内のホテルも多忙でした。

英語での事前打ち合わせを頼まれた私も多忙な毎日を送ることになりました。本来の業務を終えたあとに何本も英文メールを打ち、滞在にかかる料金明細を英語で作ったりと慣れない英単語とも格闘しながらの日々でした。時には、電話もしましたが普段しないような会話を英語ですることになったので、難しかったです。時差があったことも、打ち合わせを難しくさせていました。

サミットが始まってからは、実際に対面で打ち合わせをしたり、緊急事態が発生すると呼び出されたため、すっ飛んで駆けつけて通訳者もどきのようなことをしたりと、まさに走りまわっていました。

本当に忙しかったです。うちのホテルは驚くほどサミットに力を入れていなかったため、サミットチームは私含めてたったの3人。英語を話せるのは私のみ。3人で事前の準備をしていたうえに、周りの協力体制はゼロに近かったため、さらに忙しかったし、大変だったのでした。

大変だったけれど、終わってしまえばとても良い経験をさせてもらえたとうれしく思っています。北海道にG8サミットが来ることなんてこの先再びあるかわかりません。こんな貴重なサミットに関わることができたのですから。

札幌のホテルなので英語を話せるスタッフは他にもいます。それでも、立派なTOEICスコアを取得していたおかげでサミットチームに入れてもらえたのです。それから、英語の文章を書く勉強(文法の勉強)をしていたことも、私の英語の評価を高くしていました。英語を"話すこと"ができても、きちんとした英文を"書くこと"ができるスタッフはとても少ないのです。

自分の書く英文に100%自信を持っているわけではないけれど、それでも勉強していることはとても役に立っていました。

書きながら、今更思いました。
"英語を使う仕事"を探す上で、きちんとした英語を書くことができればとても重宝がられます。繰り返しになりますが、うちのホテルだけを見ると、ある程度のお決まりのフォーマットで、きちんとした英文をかけるスタッフってとても少ないんです。

どの程度の"英会話"レベルがあるかがよく問われますよね。会話。もちろん会話ができることは力になるけれど、英語を話せる人が増えている中では、英語の文章を書くことができればある意味"プラスアルファ"の力になるんですね。

洞爺湖サミットでの英文メール送信をやり遂げたおかげか、他部署からも英文メールの返信を何度か頼まれることになりました。いづれも同じ相手へのメール送信だったのですが、1度目に送った英文が好感を得たらしかったのでした。勉強してきたことが、ビジネスで生かすことができているうえに、褒めてもらえてとてもうれしかったです。勉強してきた甲斐があった瞬間でした。


少なからず英語を使える仕事だったし、おかげ上司にお目をかけてもらえていたありがたい職場だったのですが、10か月足らずという短さで転職を決意してしまいました。

つづく
posted by エリ at 22:00| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(2度目の渡航を終えて・・) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月23日

札幌で英語を使う仕事を求めて その1

お久しぶりです、の日記です。かなり放置してしまいました(_ _)

香港日記最終回もずっと以前に書いていたのにUPしていませんでした。UPしていますので、読んであげてください。

昨年2007年12月から札幌市内の某ホテルにて働いていました。業務内容は宿泊の予約を取り、その処理をする仕事。"英語&接客"をキーワードに職探しをしていて気づいたら、ホテルに収まっていました。札幌で"英語を使う仕事"となるとどうしても限られてしまうのです。

フロント志望だったのですが、予約の方を増員させたいからという理由と、私にホテルの予約受付の職歴があったことから、内勤の仕事になりました。

対面の接客の業務はありませんが、電話対応・メール返信がありその中で英語を使う機会があるとのこと。接客がないことは寂しいことでしたが、英語が使えることに妥協して、香港旅行から帰国後すぐに働き始めたのでした。

当初、同じ部署に英語を使えるスタッフが居たため、私に英語を使う機会はまわってきませんでした。働き始めて4か月足らずで人事異動があり、部署で英語を使えるスタッフが私のみとなりました。それからやっと電話対応、英文メール返信、英文FAX返信と、英語を使う機会が与えられるようになったのでした。

毎日ではありませんでしたが、多少なりとも英語を使う機会があることはうれしいことでした。スタッフの避難訓練の際に外国人滞在客向けに「これはスタッフの避難訓練です。非常事態はありませんのでご安心ください」というアナウンスをする面白い仕事もすることができました。

私が勤めるホテルは外資系のため、本部スタッフとのやりとりには多く英語を必要とする場面がでてきます。上司のそのやりとりの手伝いをしたり、英語で書かれたシステムで操作するときに内容を説明したり・・英語を使った仕事を多く与えていただけました。

思えば私のTOEIC930点のスコアが評価されて、フロントスタッフは欠員状態なのにあえて予約の部署に配属されたのだと思います。この部署ならば、接客がないので自由に私に英語の仕事を頼むことができますから。

ありがたい反面、英語の仕事はあくまで"おまけ"の仕事であり、本来の業務は別にありました。なので、英語の仕事を頼まれれば頼まれるほど忙しくなりました。また、数名で同じ業務を行っているため、英語の仕事に力を入れると、他のスタッフの仕事が増えて嫌な顔をされます。最初は本来の業務と、頼まれる英語の仕事をどうこなしていくかバランスをとるのが大変でした。

山場は洞爺湖サミットの時でした。他の部署の人から、サミット関連で滞在する外国人客との事前打ち合わせを頼まれたのです。

つづく。
posted by エリ at 20:07| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(2度目の渡航を終えて・・) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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